コーヒーは生鮮食品です。新鮮なコーヒーをお届けするため、ご注文をいただいてからローストするオーダー焙煎のショップです。







長い名前はおいしさの証



 いつも当店をご利用いただきありがとうございます。

 皆様は当店のショップサイトに並んだコーヒーの商品名がいやに長いなと思ったことはないでしょうか。あれでも、少し端折っているくらい、最近の生豆の商品名は長いものが多いのです。

 そして、そのことはここ数年コーヒーが「おいしくなった」ことと深い関わりがあります。

* 

 

 私が生まれて初めてストレートコーヒーと呼ばれるものを飲んだのは、高校生の時分でした。

 当時、渋谷の宮益坂にあった『トップ』というコーヒー専門店に、悪友二人に連れて行かれ、インスタントコーヒーとは天と地ほども違う高い香りに驚くと同時に、大人の世界に少しだけ足を踏み入れたような気がしたのを覚えています。残念ながら、そのとき何を飲んだかまでは忘れてしまいましたが。

 

 当時のメニューには、「ブラジルサントス」「ブルーマウンテンNo.1」「キリマンジャロ」「モカ」といった銘柄がずらりと並んでいたものです。コロンビアとか、グァテマラとか、国名がそのまま商品名になっているものも少なくありませんでした。

 

 1970年代初頭のこの当時、コーヒー業界がどうなっていたかと言いますと、高校生であった私がそんなことを知る由もありませんが、世界的にコーヒーマーケットは衰退期にあり、コーヒーは次第に飲まれなくなりつつあったといいます。

 

 この時期、世界最大のマーケットであるアメリカでは量と低価格が偏重されるあまり、最も重視されるべき「品質」が置き去りにされる不幸な時期を迎えていました。生産国では生産者の収入と地位が低下し、農園も土壌も荒れ、消費国にはまずいコマーシャルコーヒーばかりが出回るようになっていました。その結果もたらされたのは消費者のコーヒー離れという“苦い”現実でした。

 

 

危機が生んだ新しいムーブメント

 

 こうした中、各国のロースターを中心に、量と価格偏重の反省をふまえ、消費者にとって真に魅力のあるコーヒーを取り戻そうという機運が高まりました。

 そして安価なコーヒーが蔓延するマーケットにあってあえて高い付加価値を掲げ、最も魅力的な風味特性を持つコーヒーを消費者に提供しその存在価値を問う、という取り組みが始まりました。

 

 買い付け担当者が生産地へ赴いて農園を視察し、彼らが要求する品質のコーヒーの生産に付加価値(プレミアム)を支払い、消費国の求める新たな品質基準を理解してもらう。こういった新しい取り組みによって、単なる相場商品であったコーヒーを、特別な価値を持った飲料として復活させようと試みたのです。

 

 1978年、米国Kunutsen Coffeeの代表エマ・クヌッセン女史はフランスのコーヒー国際議会において、“特別な地理的環境が生み出す微小気候(マイクロクライメット)がもたらす、特徴的な風味特性を持った新しいカテゴリーのコーヒー”に対して初めて“スペシャルティーコーヒー”という名称を用い、提唱しました。

 “特別な地理的環境が生み出す微小気候がもたらす、特徴的な風味特性”とは少々もって回った言い方ですが、産地の気候風土(さらに栽培方法や品種、精選方法)の違いによってコーヒーの味や香りは劇的に変わる。それって、本当は非常に大事なことでしょ?それぞれの個性というものをもっと尊重し大切にしていきましょうよ、ということだと思うのです。

 

 言葉の力、でしょうか。「スペシャルティーコーヒー」の呼称と概念を得たことで「新たな価値をもったコーヒー」はおぼろげだったその輪郭が明確な形をとり始めます。

 しかしながら、それからすぐにスペシャルティーコーヒーと呼ばれるコーヒーが私たちの眼前に姿を現したわけではありません。その後の病虫害の大流行による受難の時期などを挟み、2000年代の始めごろからようやく日本国内でも人口に膾炙されるようになります。

 

 はっきりとスペシャルティーコーヒーが広く世界中で認知されるようになるきっかけは「カップ・オブ・エクセレンス」(COE)と呼ばれる国際的なコーヒーのコンペティションの開催でした。

 時間を少し戻しますと、低迷し続けるコーヒー国際相場の中、経済的問題を抱える発展途上国を救済するプロジェクトが各国政府やNGOにより始まりました。高品質のコーヒーを生産すれば、生産者に品質に見合う正当な還元ができるかどうかを検証するプロジェクトです。スペシャルティコーヒーの概念が誕生したのとほぼ同時期のことでした。

 

 1999年にはプロジェクトの一環として、ブラジルグルメコーヒーコンペティションが開催されました。この審査会とオークションがのちに発展したのがカップ・オブ・エクセレンスです。

 ブラジルで開催されたコンペティションに出品された類い稀な風味特性を持ったコーヒーは、驚きを持って迎えられ、生産者、輸入業者、焙煎業者すべての既成概念は根底から覆りました。世界中の焙煎業者や輸入業者、バリスタたちが、最高級の品質のコーヒーの価値を理解し、やがてそれは、おいしいコーヒーとは何かを再定義し、新たなコーヒーの魅力を見いだそうとする大きなムーブメントへと発展していきます。

 

 

COEがもたらした恩恵

 

 Cup of Excellenceは最高品質のコーヒーにのみ与えられる栄誉ある称号です。この称号は、生産国ごとに非常に厳しい審査会を経て、その年に生産された最高のコーヒーに対して与えられます。

 

 コンペティションにエントリーされたコーヒーは、有資格者のカッパー(審査員)によって最低5回のカッピングが行われます。継続的に高得点を獲得した一握りのコーヒーだけに栄誉あるCup of Excellenceの称号を授与されます。その後、審査結果と共に各国にサンプルが送付された後、インターネットオークションを通して最高値の応札者に販売されます。

 

 農園経営者は国内の授賞式で栄誉ある称号を与えられるだけではなく、オークションによって高値の報酬を受けます。さらには高品質の生産者であることが認知されると、多数のコーヒー関係者が産地を訪れ、継続的な取引に発展することで収益を長期的に安定させることになります。

 その多くが開発途上国である生産国の農家、農協、精製業者など生産者にとって、オークションによってプレミアムを得ることは大きなインセンティブとなり、彼ら自身が、さらなる進化を求め新たな栽培法や生産プロセスに挑戦するきっかけとなりました。

 

 

人間の味覚・嗅覚で評価する

 

 もうひとつ、スペシャルティーコーヒー、COEの普及、発展には非常に重要な意味があります。それは採点の基準がカップテイスターの評価による「香味そのもの」であるということです。そんなことは当たり前のようですが、スペシャリティーコーヒーやカップ・オブ・エクセレンスの登場以前は、必ずしも当たり前ではありませんでした。

 

 かつての生豆のグレードは、産地の「標高」、豆の「大きさ」(スクリーンサイズといいます)、生豆の「欠点豆の混入率」などによって決められ、肝心の「香味」は客観的な評価基準としては確立されていませんでした。そのころ生産サイドで評価の高い豆とは「収量が多く」「病気に強く」「大きくて見た目がよい」豆だったのです。

 

 収穫されたコーヒーは、地区ごとに精製所に集められ、精製工程を経て港から送り出されます。その積出港の名称がそのまま商品名になったのが、「モカ」であり、「ブラジルサントス」でした。端的に言うと、とてもおいしいA農園の豆も、それほどでもないB農園の豆も皆同じ名前で世界中に出荷されていたことになります。

 

 これに対してCOEにエントリーされるコーヒーの多くは、農園あるいは小農家の集まった農協単位の出品、それも特に出来の良い区画や収穫時期を限定した特別なコーヒーである場合が少なくありません。それだけに、オークションでは一般的な相場商品の数倍から数十倍の落札額に達することさえ珍しくないのです。

 そうしたコーヒーの名称には“積出港”の名前ではなく農園名が冠せられます。

 COEの成功を受けて、「香味」による評価や、より産地の情報を細かく伝える(トレーサビリティーの重視)ことが一般化し、いまでは商社や問屋さんの生豆リストには、農園の名前はもちろん、木の品種、精製法、カップ評価といった情報が事細かに掲載されるのが普通になりました。COE受賞豆に限らずほとんどの生豆商品に適用されています。

 

 冒頭の、当店の商品展示に“長い商品名”が多いのは国名のほか、コーヒーの品種や農園名、精製法などを名前に加えたものが多いからなのです。

 星の数ほどある世界中のコーヒー園から、ほんとうにおいしいものだけが優れたカッパーたちによって選び抜かれ私たちの手元まで届く。これはスペシャルティーコーヒー、COE以降の変革によってもたらされた大きな恩恵といえるでしょう。

 

 

好みは人それぞれ

 

 COEを手放しで礼賛するような書き方になってしまいましたが、COE受賞豆のすばらしさは認めつつも、それだけが最高においしいコーヒーだ、というような単純な話ではありません。

 

 コーヒーは嗜好品です。人それぞれ好みが分かれ、当店のお客様も、すっぱいのは苦手という人、逆に酸味が好きという人、香り重視派、飲み応え派、濃いの薄いのと、ほんとうにいろいろなのです。味や香りの好みはその人だけのもので、他人がとやかく言うようなことではない、と私は思っています。COEは審査の場が現地であり、カッパーの多くは欧米人であったりします。あちらではコーヒーの酸味が重視される傾向があるいっぽう、「苦み」にに関しては評価項目さえ存在しません。どうも平均的な日本人の好みとは違うところがあるようなのです。当店のお客様のCOE受賞豆の評価も良いと言う人と、ピンとこないという人に分かれます。

 

 したがって、COEを受賞した、何位に入ったということよりも、繰り返しになりますが、「香味による評価」(官能評価と言います)がスタンダードになったことで、あらゆる豆の個性がはっきりと認識され、優れた銘柄が見いだされやすくなっていること、さらにそれがインターネットや宅配網の整備によって容易に入手できるようになったことこそが、最も重要だと思っています。

 

 当店が目指すのは、お客様がご自分の理想とするコーヒーを探すお手伝いをすること、おいしいコーヒーを通して新たな発見や楽しさを体験していただくことにあります。そのためには、これまでもそうだったように、ひたすらおいしい豆を探す、焙煎技術を磨くというコーヒー豆専門店の王道をまっすぐ進むつもりでいます。